詩的感性を考える

つながりとんぼはな、
病気のトンボを引っ張っていくだわ
お医者さんのところへ
(4歳のこども)

上の詩文は4歳の子どもの言葉を
それを聞いた大人が雑誌に投稿したものである。
決して、美文をてらったものではない。

しかし、この詩文を読んだ人の多くは
この4歳の子どもに誌的感性を感じるだろう。

言葉は単にプリズムにしか過ぎない。
言葉を輝やかせるのは
あくまでその人の感性だ。

人が見ているのは
言葉を使う人の言葉の先にある、
その人の感性である。

感性の光が
言葉というプリズムを通して
言葉ははじめて虹色に輝くのである。
言葉はその後ろにある
大きな世界があってはじめて美しいものになる。

同じひとつの言葉でも
それを口にする人によって
美しくもなり
汚くもなる。

そして人は
その誌的感性を通して
自分の周りの世界を
また、新しい視点で見ることになる。

何も変わらないような世界が
ほんの少し動的に変化する。
何も変わらないように
見えていた世界が
誌的感性を通して
新たな表情を見せるのである。

誌的感性。
それを持ち続けることが
常に世界を新鮮に
感じ、思えることの
秘訣なんだろう。