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  • 悲しみが神の眼目であるなら・・

    およそ多くの宗教的解釈では
    人間にとっての悲劇は神の計画の眼目であるらしい。

    悲劇や悲しみは美徳の鉱脈に通じる洞穴であり、
    暗闇とは救済という光の世界にたどり着くまでの坑道であると。

    しかし、悲しみにうちひしがれていたとしても
    人はその暗い坑道を
    孤独のうちに歩み続けなければならない。

    そのとき、何が支えになるというのだろう。
    何が暗闇を照らすのだろう。

    愛と光の光度。
    それだけが暗闇を照らす灯だ。

    そして、人の本当の強さとは
    その光度を絶やさぬことだ。

    写真の花は「胡蝶蘭」
    花言葉は「幸福が飛んでくる」「純粋な愛」

  • 生き抜く知恵

    熱帯雨林には300万種の生物がいる。
    そのなかのひとつが地中に住むヒアリだ。

    ヒアリは洪水のたびに命を脅かされる。
    小さな生命に、自然は容赦なく脅威を見せつけるのだ。
    生き残るためにはその試練に打ち勝つしかない。

    ヒアリは洪水が来ると身を寄せ合い、
    水が引くまでいかだのように漂う。
    時には数か月も。

    生き残る知恵をもたらしたのは
    本能か、それとも試行錯誤の結果か。

    もしかすると、ヒアリの場合、
    波にさらわれた1匹が溺れまいとして
    仲間にしがみついたのが始まりなのかもしれない。

    どうすべきか知っていても
    言葉にはできないとき、
    人間ならどうするのだろう。

    人間は最強の生物ではない。
    一番素早くも賢くもない。
    ただ助け合う能力なら
    どんな生物にも負けないだろう。

    人は協力し合い、
    お互いに認め合い、
    相手を思いやる。

    そうすることで
    強くなり、素早くもなり、
    賢くもなる。

    そして力を得て、
    生き抜いていく。

    洪水に襲われ、
    生きる知恵を得たヒアリのように。

     

    写真の花は「ランタナ」
    花言葉は「協力」

     

  • Twilight~たそがれ~押尾コータロー

    【Twilight(黄昏)】

    押尾コータローのギターが
    哀切の響きを奏でます・・・

     

  • 詩人としてのDNA

    【日本人はみんな詩人!】

    シェークスピアのはるか400年前に書かれた「源氏物語」
    そしてその300年前には
    4500首もの和歌が「万葉集」に編纂された。
    そこには防人から帝までの和歌が記されている。

    日本人はこの文学的素養のDNAをずっと引き継いできた。
    五・七・五・七・七の歌に
    心の底にある真理の言葉をそっとすくい上げてきたのだ。

    どんな複雑な文章よりも
    洗練された言葉の力で・・・

    シンプルに、そしてまっすぐに。

    無言のうちにひそむかすかな真理の気配を
    歌は、詩はそっとすくい上げてくれる。
    世界最小の文学。

    乾いた言葉が氾濫する中、
    なにか、心のひだに触れる言葉があってもいい、
    「大人の恋歌」はそうした想いで綴ってます。
    一度、ご覧ください。

  • 無造作紳士~ジェーン・バーキン~

    【無造作紳士】

    きれいで、
    かわいくって、
    いろっぽくて、
    自由奔放で、
    それでいて、繊細で・・・
    やっぱり、ジェーン・バーキン!!

  • DARI-Kのチョコレートを注文する

    【DARI-Kのチョコレートを注文!】

    京都にあるチョコレート専門店「DARI-K」
    バレンタインのチョコレートを注文しました。
    「DARI-K」といっても知らない人が多いでしょうが、
    私は世界一のチョコレート専門店と思っています。

    「DARI-K」はインドネシア産のカカオ豆を使用しています。
    そうしてインドネシア産のカカオ豆なのか・・・

    インドネシア産のカカオは発酵処理を施していないため、安価な価格で取引されてました。
    そこで「DARI-K」の創業者、吉野慶一さんはそうした現状をみて、インドネシアに赴き、カカオの発酵方法を農家に教えて、しかもその発酵段階でマンゴーを加え、フルーティな香りのカカオを生み出しました。

    そしてフェアトレードで買い取ることでインドネシアのカカオ農家の生活水準を向上させ、生産意欲を高めました。

    さて、世界的にカカオ栽培については、児童労働が問題視されています。そうした中、「DARI-K」の取り組みは画期的で良心的でさえあります。

    彼女は喜んでくれるかなあ・・・

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  • 想いをつなぐ

    【想いをつなぐ】

    初の大西洋横断電信ケーブルは
    全長54万キロ以上のワイアーからなり、
    4630キロにも渡って
    海底を這うようにつくられた。

    このケーブルの敷設により、
    人は自分のメッセージを
    電気インパルスと信号にのせ、
    地球の裏側まで届けることが可能となった。

    だが、人は想いを伝えるインパルスを
    生まれつき備えている。

    声を届けたいと願い、
    触れ合いを求める。

    だから、いつも信号やサインを送り、
    また、それらを受け取ろうとする。

    自分への便りを探し、
    つながりを求め、
    メッセージを待っている。

    たとえ何も聞こえなくても、
    メッセージはどこかにある。

    耳を澄ましていれば
    大切なメッセージは
    きっと聞こえてくるはずだ。

    写真の花は「菖蒲」
    花言葉は「便り」「伝言」

  • 連鎖をつなぐもの

    【連鎖をつなぐもの】

    ひとりの力でどれほど世界を変えられるいうのだろう。
    僕たちに英雄のような偉大な力があるのだろうか。
    でも、何かを起こすたび、必ず変化を起こしているのは確かだ。

    行動のすべてが周りに影響を与え、それは波紋のように世界へ広がっていく。
    ささやかな親切が連鎖反応を起こし、見知らぬ人を幸せにしたりする。
    僕たちの知らないところで、毎日、奇跡は起きている。

    あらゆる可能性の中から、人は何かを選択し、行動を起こし、深呼吸をして、また一歩を踏み出す。
    連鎖反応を引き起こすのは、そういうすべての瞬間、行動、そして選択。
    連鎖をつなぐもの、それは愛だ。

  • 佐賀県産たまねぎスープ(粉末)

    【佐賀県産たまねぎスープ(粉末)】

    佐賀県白石町はたまねぎの産地である。
    いまは、植え付けの時期で農家は忙しい。
    その白石町産たまねぎを使用した粉末スープがこれ!
    我が家には必需品。
    このたまねぎスープ、
    マグカップに小さじ一杯を入れ、
    お湯をいれると出来上がり。
    簡単、ヘルシーで温まる。

    我が家では、
    このたまねぎスープを隠し味にして
    カレーに入れる。
    コクのあるカレーができあがる。
    たまねぎの甘みがカレーの辛さに深みを与える。
    また、チャーハンの隠し味にもうってつけ!

    一度、ご賞味あれ!

  • 「禅」の現代的意義を考える

    【「禅」の現代的意義を考える】

    私はクリスチャンですが、
    キリスト教はもちろんのこと
    仏教では浄土宗、浄土真宗
    真言宗、臨済宗、曹洞宗、黄檗宗、
    仏教以外では天理教など
    幅広く宗教の説法は聞いています。

    禅宗の流れを組む宗派は
    臨済宗、曹洞宗、黄檗宗の3派があり、
    そのどれもが座禅や禅問答を通して
    悟りに向かうことを求めています。

    禅問答といえば、何やら「わけのわからない」
    どう答えていいのかわからない、
    といったイメージが
    世間一般では強いでしょう。

    禅問答の公案は主に
    江戸時代中期の禅僧、
    白隠和尚が考え出したものです。

    禅問答の公案で有名なものに、
    「隻手の音声」というのがあります。
    隻手とは、片手のことです。
    両手では手を打って音を出せますが、
    片手では、打つことが出来ません。
    その片手の音をどう聴くのでしょうか。

    しかし、修行僧は、住職のその問いに返答しなければなりません。
    答えは「無」です。

    このように、禅問答にはどう答えていいのかわからない公案が多く、
    つまり、「問い」そのものに矛盾が孕んでいて、
    答える側は、どうにも答えようがない状況におかれるのです。

    しかし、この禅問答、どこか現代的かな?とも思うのです。
    私たちが状況から問われている「問い」には
    常に矛盾が含まれていて、
    それゆえ、「答え」を出すのにも悩んでしまうことが多いのです。
    もともと人生そのものが不条理に満ちてますが(笑)

    たとえば、「消費税は上げなければ国の財政は成り立っていかない」
    しかし、「消費税を上げると景気は悪くなる」とか、
    「浮気はしたいけど、見つかったらやばいよね」とか(笑)

    私たちが状況から問われている「問い」の内容は
    常に矛盾をはらんでいて、
    それゆえ、
    ダブルバインド(二重拘束)の状態に置かれてしまうのです。

    実はここに「禅」のもつ現代的意義があるように思えるのです。
    禅問答の「問い」にこたえようとすると、
    これまでの私たちのものの見方や考え方から、
    いったんワープして、別の高い次元から見ることが求められます。

    そうであるからこそ、
    私たちの日常が、実は「矛盾にはらんだ問い」に常に問われており、
    その結果、私たちの思考はダブルバインド(二重拘束)の状態に置かれ
    悩んでしまうことになるのです。

    その状態から、別の突破口を見出そうとすれば、
    いったん、これまでの思考やモノの見方から解き放たれ、
    ワープして、別の高い次元でモノをみる、という視点が必要になります。

    それが「禅」の現代的意義のように思えます。