ひまわりをみると思いだすことがあります。
ちょうど1年前の今頃、
私はあるところで毎朝花壇に
ホースで水やりをしていました。

その日もいつものように
ホースで花壇に水を撒いていたところに
年のころはちょうど30代だろうか、
黒のパンツに白いシャツ、ポニーテールという
後姿の女性がジョウロを片手にやってきて、
花壇に咲いているひまわりに水をやろうとしていました。

私は
「いや、いいですよ、私が水やりますから」
というと、
女性は
「いえ、ひまわりが死にそうだったものですから」

その女性の答えに
ハートをわしづかみされてしまった(笑)

「ひまわりがしおれていたから」ではなく、
「ひまわりが死にそうだったから」

その答えに、また、
ひまわりをひとつの生命としてみるところに
その女性の繊細な感受性、やさしさを感じてしまったのだ。

それ以降、その女性が毎朝近くを通るたびに
意識するようになった。
顔はみえず、後姿だけだったが、
それでも「かわいい人だな」と思っていた。

女性はやはり見た目はいい方がいい。
しかし、それよりも
繊細な感受性、優しさを持ち合わせている女性は
見た目以上にかわいい、と思う。

メンタルなかわいらしさ。
なによりもそれが一番かわいいと思う。

フィジカルないろっぽさは
年齢とともに衰える。
しかし、メンタルなかわいらしさは
年齢と共に輝きを増すのではないだろうか。

そうあってほしい、と思う。

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