カテゴリー: 事件簿

  • 犯罪被害者支援サポーター養成講座<3歳の娘を殺害された被害者遺族①>

    佐賀県が主催する犯罪被害者支援サポーター養成講座の第4回目。
    第一部の講座は7年前ひな祭りの日に
    3歳の娘を殺害されたSさんの話だった。
    スーパーで娘さんがトイレに行った際、
    後ろからつけてきた男から襲われ、
    リュックにつめられ、川に捨てられた。

    犯人は20歳の大学生。
    判決は無期懲役。

    Sさんには3人の息子さんがおり、
    娘さん殺害後、息子さんにも様々な異変が生じたそうだ。

    一時は一家心中を考えたものの
    警察からの被害者支援のサポートを受け、
    心療内科での治療を受けながら、
    徐々に落ち着いていったそうだ。

    裁判所で犯人を殺害し、
    自害しようとも考え、
    その思いを心療内科の医師に伝えたところ
    次のようにいわれたそうだ。
    「やってもかまいませんよ。
    しかし、それではあなたも殺人者になります。
    それで奥さんやお子さんは喜びますか?」

    この言葉でSさんは思いかえし
    新たな生き方を模索することになる

     

  • 実は実話・・・⑥-16

    「裁判はどうだったんですか?」

    「まずは検察側の冒頭陳述がありまして、それから、証拠調べの請求があります」

    「緊張しましたか?」

    「それはそうですよ」
    「ただ、裁判長が女性だったのには驚きました」

    「へ~っ、そうだったんですか」

    「えぇ、〇〇法子さんという裁判長で、私はノリピーといってました」

    「ノリピー、ですか・・・」

    「それが眼鏡が似合う知的美人でして・・・」

    「裁判の場でしょうに!」

    「ええ、でも久しぶりに女性を見たもので・・
    しかも黒の法衣に眼鏡がよく似合う女性でして・・・」

    「不謹慎きわまりない・・・」

    「まともに裁判長の顔をみれませんでした」

    「それはどうして」

    「いや、ニヤケテしまいそうで・・」

    「それは印象悪くするでしょうね」

    「それで、裁判ではあなたは出欠をごまかしたことは認めたんでしょう?」

    「はい、それは認めました。」

    「では暴力団組長との詐欺の共謀については?」

    「実際には三傘とのあったのは1回きりでして、その場ではそういう話はなかったんですが・・・法的には共謀したことは認めました」

    「えっ?だって三傘とは共謀の話はなかったんでしょう?」

    「はい、そうなんですが、私は嬉野の末尾、久留米の早河とは最初からいとしていたわけではありませんでしたが、結局、出欠をごまかすことは共謀しましたし、彼ら二人はおそらく三傘と段取りを組んでいたはずですので、私が直接三傘と共謀しなくても、末尾、早河が三傘と共謀していたのであれば、間接的ではあるにせよ、私は三傘と共謀したことになるんです」

    「えっ??そうなんですか?」

    「はい、直接共謀はなくても間接的であるにせよ法的には共謀したことになります」

    「う~ん・・・なんか不条理な話ですね」

    「まあ、そうですが仕方ありません。ただ、私が開校前に認めていたのは遅刻や早退は大目に見るというくらいでしたので、まさか欠席をごまかす羽目になるとは思ってもいなかったんです」
    「それがメールで『遅刻や早退は大目に見るが欠席のごまかしは糊塗できない』と送っていたことが証拠として提出されていました」

    「そういうメールが残っていたことは不幸中の幸いですね」

    「えぇ、ただ裁判ではやはり警察、検察の取り調べの実態がどうだったのかが、争点のひとつとなったのです」

    「どうして?」

    「私が裁判でひっくり返した供述がとられてしまった背景には何があったのか?ということがやはり裁判での検証すべき大きな争点となったのです」
    「これは一般の人にはなかなかわからないことですが、やはり、取調室の密室の中では、恣意的に供述が捜査機関によって誘導され、ねつ造に近い供述がとられることの危険性があることを示すものでもあるからです」

    「まあ、その辺のことはまた次回にお話を伺いましょう」

    to be continued・・・・

  • 西鉄バスジャック事件、再考

    先日、テレビで2000年(平成12年)5月3日に発生した
    当時17歳の少年による
    西鉄バスジャック事件の再現ドラマが放映された。

    初めて知った、少年の事件を起こす以前のことを。
    少年は学校でひどいいじめにあっており、大けがをしている。
    この件について学校はきちんとした対応をとっていない。
    また、学校への恨みを募らせ、
    包丁を研いでいたところを母親が心配し
    警察に相談したものの、
    「事件ではない」ことを理由に母親の相談に対応しなかった。
    また少年は、精神科に入院し、事件当日は外出許可をとっているのだ。

    つまり事件の兆候はあったのだが周囲の大人がそれにきちんと対応せず、
    また心を病んだ少年のケアも不十分だったのだ。

    そういえば佐世保の女子高生の同級生殺人事件もまた
    事件を起こした少女の病んだ心に気が付き
    不安を抱いた精神科医が
    児童相談窓口に連絡していた。

    ここでも事件の兆候はあったのだ。

    こうしてみると
    社会はこれらの少年少女の事件の教訓を何も学んでいないことがわかる。

    結局、こうした事件の後に起こる議論は
    「少年法の改正」と厳罰化である。

    しかし、事の本質は
    事件の前にみられる兆候に対して
    大人がきちんと対応していない、ということである。

    社会で議論されることは
    厳罰化による犯罪抑止、
    ということに重きをなし
    それ以前に重要な事件を起こすリスクのある
    少年少女へのケアをどうするのか、
    という議論が皆無である。

    あまりにも偏りすぎる。

    私自身は罪を犯した人の社会復帰の第一歩は
    心の修復、回復が第一である、という考えに立脚している。
    それゆえ、厳罰化による犯罪抑止よりも
    心のケアによる、犯罪抑止の方が重要と考えます。

    一見、狂気とも思えるような事件も
    その兆候はあったのである。
    そこに気が付き、心のケアを施していれば
    上記2事件はなかったかもしれない。

    そしてこれからは社会もまた
    心のケアによる犯罪抑止に視点を置くべきだと思う。

  • 山口達也さんの再起を考える

    「山口メンバー」という言い方に違和感を覚えるが・・

    アルコール依存症で入院し、
    退院したその日に焼酎1本を空け、
    女子高生を呼び出し、
    キスを迫ったというその行為は批判されるものの、
    私自身は、アイドルグループとして成功しながら、
    どうしてアルコールに依存しなければならなかったのか、
    また、「Rの法則」でも出演者からは
    「心配りのできる人」という評価を得ている「山口メンバー」が
    なぜ、まるでスッポリとエアポケットに陥ったような行為に及んだのか、
    ということに関心があります。

    オウム事件の井上嘉浩死刑囚の手記を読んだことがある。
    彼の幼少期に
    「父は家で暴れた。大声をあげ卓袱台をひっくり返した。」といい、
    つまり
    「家でもくつろげない。」
    そして、「中学生の頃、理想の大人像が描けなかった。」と語っている。

    心のどこかに巣くった小さな虫食い穴。
    その穴が、のちに井上死刑囚がオウム真理教に入信し
    のちに狂気の事件へとつながっていく。

    高校生の井上死刑囚を知る恩師がいうには
    「まじめな生徒で、授業中座禅を組みながら授業を聞いていた」
    ということもあったらしい。

    つまり通常の感覚では理解しがたい
    狂気を孕んだ人間のやったような事件であっても
    実は、その発端は「普通の人」が何かの原因で
    生じてしまった心に巣くう小さな闇が
    いつしか大きなブラックホールへとすっぽりとはまってしまった、
    というケースが多いと思えるのだ。

    事実、多くの加害者家族の支援をしている
    阿部さんの新書「息子が人を殺しました」を読んでも、
    犯罪を犯した人も実は、
    いたって普通の平凡な家庭のなかで育った
    「普通の人」であることがわかる。

    山口さんがアルコールに依存した心の空洞。
    そして退院したその日に焼酎1本を空け
    番組の出演者である女子高生を呼び出す心の隙間。

    自分のこれまでを振り返りながら
    その心に巣くう虫食い穴が何なのか、
    それを見つめて、修復することが再起の第一歩だと思う。

    私が知る健全な社会復帰を果たした
    元受刑者のほとんどが
    自分自身の心の病み(=闇)を謙虚に見つめ
    修復することで再起を果たしている。

    そのプロセスで家族関係がもたらす影響は大きい。
    家族関係のゆがみが心に小さな傷を与え、
    それがいつしか大きなブラックホールに吸い込まれていく、
    井上死刑囚のケースはその典型であろう。

    山口さんは一度、社会から離れ
    自分の心を内観することで
    その心の病み(=闇)を修復することが再起の第一歩だと思う。
    おそらくそのプロセスは痛みを伴うであろうが、
    しかし、そのプロセスの過程で
    自分を深く知り、それがいつしか人間の深い真理を知ることにも通じるのである。

    そして、いつか山口さんが
    TOKIOのメンバーではなく、
    一人のミュージシャンとして
    裸一貫、ストリートライブからでも
    再スタートし、それが社会に受け入れられる日が来ることを期待している。

    社会もまた、罪を犯した人へ
    いつまでも巨大な刑務所のごとくあってはならない。
    それを受け入れ、再起を促すことも必要なのである。

  • 実は・・・実話⑥-14

    「独居房での生活はいつまで続いたんですか?」

    「平成26年の1月から7月までです」

    「長いですねぇ」

    「まあ、そうですね。一番困ったのは4~7月ごろです」

    「どうしてですか?」

    「暑くなってくると、やはり汗かきますし、体が汗臭くなってくるんです。でも入浴は週に2回なんで、自分の汗臭さがたまらなくなってくるんですね」

    「週に2回しか入浴できないんですか?」

    「はい、それであまりに汗臭いんで、ついついタオルを水で濡らして体を拭いたんです」

    「まあ、普通にそうしますよね」

    「いえ、それが拘置所内では禁止されてるんですよ」

    「えっ、そうなんですか?」

    「はい、それが刑務官に見つかりまして、懲罰を受けました」

    「懲罰ってどうなるんですか?」

    「私の場合は1週間、独居房内でドアに向かってずっと座っているというものです。あぐらはかいてもいいんですが、姿勢を崩すことはゆるされませんのできついんですね」

    「それはきついですね」

    「まあ、ただ自分は座禅を組んでいると思って、いわゆる内観という瞑想にふけることにしました」

    「う~ん・・・なんか前向きなようで、いいかげんなようで・・」

    「でもやっぱり、自分にとって意味のあるものにしないとやってられないですよ」

    「まあ、そうですね」

    「それで7月に雑居房に移りました。」

    「へえ、やっと人と話せる環境になったんですね」

    「ええ、まあ、そうなんですが、どうもその雑居房では事前に刑務官から『かなりゆるいやつが入ってくるぞ』といわれていたようで、そこの住人は『ちょっとしめたろか』という思っていたそうです」

    「えっ、じゃあ、いじめにあったんですか?」

    「いえ、そんなことはなかったんですけど、そこの一番席の人は『オレがしつけてやる』という感じで思ってたそうですね」

    「一番席ってなんですか?」

    「部屋に入った順から一番席、二番席と席順が決まっていて、古い人ほど、まあ、その部屋のリーダー格になるわけです」

    「へえ、じゃあ、何人いたんですか?」

    「私も含めて6人です」

    「何畳部屋なんですか?」

    「9畳ですね」

    「同居人とはうまくいきましたか?」

    「かなりおもしろいメンバーでして・・・
    国際商品先物の営業で億単位の金を集めて詐欺罪で起訴された吉田(仮名)さん、
    借金の取り立てで恐喝した国松(仮名)さん、
    元郵便局職員で6千万円横領した平山(仮名)さん、
    コソ泥窃盗の白田くん、
    奥さんとレスになってついつい従業員に強制わいせつした大塚さん
    まあ、この5人でしたけど、
    なんか面白かったですね」

    「なんかすごいメンツですね」

    「まあ、どちらかといえば軽犯罪のメンバーです。でも隣の部屋は殺人罪の被疑者が2人いましたんで、それからすると、普通に話ができる付き合いやすい人たちでした」

    「隣の部屋は人殺しですか?」

    「ええ、そのうちの一人は2歳になる実の息子の殺人で起訴されてますから、ちょっと、異様ですね」

    「げっ、それはたまらんですね」

    「ええ、その人は妖気が漂っていて、半径3メートル以内には近づけないほどでした」

    「もう一人は出会い系サイトで知り合った女性とエッチしたあと、その女性から金銭を要求されて、振り切って車で去ろうとしたさい、その女性を引きずってしまって死に至らしめたという人で、もうこの人も病んだ表情をしていましたね」

    「はあ・・・そうなんですか」

    「だから、本当に殺人を犯したかどうかはその人の表情や雰囲気でわかります」

    「そうなんですか」

    「はい、そうですね。だから殺人の冤罪を主張している人を3人知っていますが、あっ、この人はやっぱり冤罪だなってだいたいわかります」

    「殺人の冤罪はきついですね」

    「まあ、そうですね。そのうちの一人は22年の刑期を終えて再審請求しています」

    「22年の刑期ですか・・・」

    「そういうヘビー級の人たちからすると、同居人は罪を犯したといっても社会では普通の生活をしていた人でしたので、普通の話ができてよかった方ですね」

    「雑居房での生活はどうだったんですか?」

    「それはまたのちほどお話しします」

    To be continued・・・

  • 実は・・・実話⑥‐13

    Aさんとの対話は続く

    「6か月間も人と会話ができないというのはちょっと想像できないですね」

    「まあ、普通はそうです。接見禁止というのは弁護士以外とは話せないのですから。手紙のやり取りも弁護士以外は禁止です」

    「ご家族のことは心配ではなかったのですか?」

    「もちろん、心配ですよ。ですから、『無事なように』と祈るしかないですよね」

    「はあ、そうなんですね」

    「当時は特に信仰する宗教がなかったのですが、このことが私が宗教に関心をもつきっかけとなりました」

    「どんな宗教に関心をもったのですか?」

    「のちに刑務所に行くことになりましたが、刑務所では宗教講和を聴講することができたんです。」

    「そこで、真言宗、金光教、浄土宗、浄土真宗、黄檗宗、臨済宗、カトリック、日本基督教団、パブテスト、天理教とあらゆる宗教講和を聴講しました」

    「すごいですね」

    「出所してからは、カトリックの洗礼を受けてます」

    「弁護士とのやり取りはどうだったんですか?」

    「弁護士とは主に手紙でやり取りして、週に1回30分ほどの面会が可能でした」

    「どんな弁護士だったんですか?」

    「まだ20代のイケメン弁護士でした。ラサール、東大とエリートを絵にかいたような弁護士でした」

    「ともかく、自分の弁護をするつもりで事件の経緯をまとめながら、抗弁書の起案の素案となるものを書いて弁護士に郵送してました」

    「えっ、自分で抗弁書を書いてたんですか?」

    「はい、弁護士も驚いていましたね。こんなこと書いてくる被疑者は初めてです、って」

    「ともかく、事実をベースにして、論点を明確にして、それを論理的に組み立てるという作業なんです」

    「はあ・・・・」

    「弁護士が気にしていたのは『本当にAさんはヤクザのMと詐欺の共謀の打ち合わせをしたんですか』ということでした」

    「していないんでしょ?」

    「はい、暴力団組長のMとは1回しか会っていませんし、その時の打ち合わせでは『嬉野と久留米で教室を開講しよう』ということしか決まってなかったんです」

    「でも、取り調べであなたはその1回の打ち合わせの際『出欠をごまかす打ち合わせをした』と供述してますよね」

    「はい、その時は私以外にMを有罪に持ち込む供述するには誰もいないことはわかってましたし、刑事も検事も私に頼ってましたから。取り調べの最中はMを有罪にすることが正義と思い込んでました」

    「でも弁護士から『Aさん、いくら相手がヤクザでも事実を曲げて有罪にもちこんではいけないですよ』といわれて、そうだな、と思い直したんです」

    「でもそこが今回の事件の核になるんでしょ?」

    「はい、私の供述しか刑事も検事もMを有罪にもちこむ手段はなかったんですから」

    「でもよく考えて下さい。私はMとは『地元の有力者』といわれて人からの紹介で1回しか会ってませんし、共犯者は他に40人にもいるのに、他の共犯者から何の供述も取れないこと自体がおかしんですよ」

    「う~ん、それでは裁判は紛糾するのではないですか」

    「はい、そうなんですけど、Mを有罪にするのは検察の仕事であって、私は事実をいうだけです」

    「それはそうですね」

    「接見禁止中の6か月間は大変きつかったんですけど、実はこの間の生活習慣が今の生活のベースになってるんです」

    「へえ、今でもそうなんですか?」

    「はい、まずは粗食になりました。拘置所の食事は3割麦が入った麦飯ですが、今では玄米食です。
    また、拘置所内では腹筋、腕立て、スクワットを1日100回やってましたが、それは今でも続いてます。
    それに座卓で勉強する習慣、布団を四隅をあわせて畳む習慣など、ここでの生活がベースになってます」

    「生活習慣が矯正されたんですね」

    「まあ、そうですね。それに宗教をもちえたことも大きいです」

    「カトリックの洗礼を受けたんですね」

    「はい」

     

    Aさんとの対話はまだまだ続く。

    To be continued・・・

  • 実は・・・実話⑥-12

    A君が収監された独居房は

    トイレ付の三畳一間。

    与えられているのは横幅80cm、奥行き50cmの座卓のみ。

    A君の部屋の階は幽霊が出ることで有名な福岡拘置所C棟3階。

    A君は当時のことをこう述懐している。

    「つらかったですね」

    「なにより家族と連絡がとれないことが一番こたえました」

    「でも弁護士とは連絡できるんでしょ?」

    「はい、そうなんですが、週に1回、それも30分だけですよ」

    「運動はどうしてたんですか?」

    「午前中15分、午後15分ほど運動できますが、

    私は接見禁止だったんで、運動の時も

    6畳くらいの上も金網が貼ってある鳥小屋みたいな部屋で運動してました」

    「しかも、軽度の糖尿と診断されてましたから

    成人男性に必要な1日2000キロカロリーの半分、1000キロカロリーの糖食をたべていましたので、体重はみるみる落ちていきました。」

    「出所時には腹筋割れしてましたね」

    「独房内での生活はどんなでしたか?」

    「なにしろ3畳一間でテレビはありましたが、裁判のための準備以外に何もやることなくて、ともかく当初は私を暴力団組長に紹介した嬉野町のY君や、教室責任者のXやHのことを恨みましたね」

    「でも、いくら恨みつらみをいえども、三畳一間の独房では愚痴る相手もいないんですよ」

    「そうしていくうちにだんだん辛くなってくるんですね」

    「そして、気が付くんですよ。自分を苦しめているのは自分の感情だと。
    なにしろいくら恨みつらみをいっても置かれている環境は三畳一間の独房ですから、何もできないんですね。
    すると、自分の感情だけが、自分に圧し掛かってくるんですよ」

    「まあ、そうですね」

    「つまり外界というのはあくまでトリガーで、それに想起された自分自身の感情が自分を苦しめているんだと思うようになったんです」

    「たとえてみれば、海におぼれていて、岸まで泳ぎ切ろうとするときにピストルやナイフを身に着けますか?」

    「いや、それはないでしょう」

    「そうですよね。溺れているときは、まずは身軽にすることが大切ですよね。
    それでそれまで負担になっていた負の感情を徹底的に削ぎ落としていく内的なプロセスに入っていたんです」

    「なるほど」

    「自分のなかの負の感情を削ぎ落として行くと、シンプルな感情だけが残るんです」

    「なんですか」

    「愛と希望です」

    「いや、いや、それはちょっと クサイのでは??」

    「まあ、そう思うんでしょうけど、少し考えてみてください」

    「もし、あなたが、誰とも話せず、だれかに一度だけ、言葉を伝えることができるとしたら、だれに何を伝えます?」

    「う~ん・・そうですね、妻と子どもに伝えたいと思います」

    「何を伝えます。ただし一言だけといわれれば」

    「あなたたちを愛している、と伝えます」

    「そうでしょう?それが自然な感情なんだと思います」
    「それで私は古今和歌集を買って、恋歌を書き始めたんです」

    「それで恋歌を書いているんですね」

    「そうですね、気障に思われるでしょうが、愛している人に愛していると伝えられるだけでも人は幸せなんですよ」

    「まあ、Aさんからすればそうでしょうね」

    「もうひとつ大事なのは『希望』です」

    「なんかさらにクサイんですけど・・・」

    「でも、これもよく考えてください。自身が身体的に拘束されている状態が6か月間続いたとしたら、まあ、それも6か月後には自由になれるとして、拘束されてある期間は何を考えますか?」

    「やっぱり、自由になったら何をしようかと考えます」

    「そうですよね。たとえばすき焼き食べよう、とか、焼き鳥屋に行こうとか、そんなことでも想像しながらなら、現状のつらい期間は何とか頑張って耐えよう、と思えますよね」

    「まあ、そうです・・・」

    「それもやっぱり希望なんですよ」

    「う~ん・・・・」

    「私の場合もいずれ社会復帰するわけですが、社会復帰したら何をしようかと考えたんです」

    「ふ~ん・・」

    「それで80歳までの人生計画をたてたんです」

    「へえ!!」

    「それで、座卓で勉強しはじめました」

    「はあ、それが始まりなんですね」

    「そうですね。座卓での勉強の習慣はいまも続いてます」

    「それに、身体的に拘束されてますから、自由は頭の中にしかない、という考えにいたったんですよ」

    「なるほどですね」

    「思考することの自由、それだけが真の自由だという持論はここで形成されました」

    「そうなんですね」

    「ただ、これは出所後、社会復帰してからわかったんですが、刑務所を出所して、順調に社会復帰した人のほとんどが、こうした私みたいな自分自身の心の深い部分にまで探っていって心の回復をなしていった人がほとんどだったのです」

     

    「はあ・・・」

    「つまり、罪を犯した人の社会復帰の起点はまずは『心の回復』なんですね」

    「そうなんですか」

    「そうです。これはいくら強調しても強調しすぎることはないんですが、元受刑者の社会復帰の一番肝心なことは『心の修復、心の回復』なんです。それがまず第一なんです」

    「ですから反省とか矯正なんかは実質、まったく意味ないと思います。心の修復、回復がないとを罪を犯した自分自身の内部はかわりません。」

    「そうなんですか・・・」

    「まあ、そうなんですが、このことについては、いずれ別の機会にお話します」

    「ありがとうございます」

    Aさんとの対話はまだまだ続く・・・・

    To be continued・・・

  • 実は・・・実話⑥-11

    A君が移送された先は福岡拘置所、
    しかもC棟3階であった。
    C棟3階とは独居房であり、
    A君は接見禁止を言い渡されていた。
    接見禁止とは弁護士以外、
    誰とも会えないことであり、
    家族との手紙のやり取りも禁止されていた。
    つまり1日だれとも話せない日々が
    結局6か月間続いたのである。

    さて、C棟3階が独居房の階であることは
    つまり、死刑囚もその階にいるわけである。
    A君の階には北九州市で連続殺人の罪で死刑が確定した
    松永死刑囚がいた。

    松永はすでに気がくるっており、
    髪は伸び放題、
    部屋の前にはついたてがおかれ
    外部からは見えないように遮断されていたが、
    自傷行為防止のため、ビデオカメラが設置され
    1日中監視されていた。

    この階は幽霊が出ることが噂されていた。
    実際、A君は何度も金縛りにあった。

    A君、血液検査の結果、
    軽度の糖尿病と診断され、
    1日1000キロカロリーの
    (成人男性の場合、平均2000キロカロリー)
    糖食を供されることになった。

    A君、1日誰とも話ができない状態が
    その後6か月間続くのであるが、
    このことがのちにA君の生活習慣、
    人生観を大きく変えることになる。

    さて、1日誰とも話をしない生活が6か月間続くとどうなるか?
    その内的変化についてはまた、のちほど。

    To be continued・・・・

  • 実は・・・実話⑥-10

    さて、A君、刑事の執拗な取り調べ、
    「Aさん、いっしょにMをやっつけようや、
    あいつが一番悪いいんやろ?」
    「思い出せんかったら、絞りだせ」
    というセリフに結局折れてしまった。

    A君からすれば自分が暴力団組長Mに関する
    なんらかの有罪に持ち込む供述をしないと
    自分がMをかばっているようにも思われるのもしゃくだし
    かつ、それが正義だと思うようになった。

    そして、結局、暴力団組長と
    「生徒が休んだ場合、出席をごまかすこともできる」
    という会話をした、と供述してしまった。

    しかしA君、その後も逡巡する。
    「事実でもないのに、あんな供述していいのか?」と。

    悩んだ末に
    検事に対して素直に申し伝えた。
    「いや、検事さん、久留米のファミレスでMと会った時には
    久留米と嬉野で教室を開催することしか話さなかった」
    「そこで出欠をごまかすという相談はなかった」と。

    実際、A君は教室開催後、
    生徒の出席があまりに悪いので
    困りきって教室責任者に
    「遅刻は大目に見るが、欠席をごまかすことはできない」とメールで送っていたからだ。
    このメールが後に裁判で重要な証拠となる。

    しかし、取り調べの検事、
    顔を真っ青にして
    「いや、Aさん、いまさらそういっても困る」
    「そんなこといわれたら、
    いままでの供述のすべてがおかしくなるじゃないですか」

    「いやね、Aさん、
    Aさんが暴力団の仲間とは全く違う流れにっていることはわかってるんですよ」
    「Aさんが集めた生徒の出席はいいし、
    かつ、あなたが生徒に対して『欠席をごまかしてもいい』という発言を一切していないこともわかっている」

    「Aさんと暴力団の組織的な動きとは全く違うので
    それを同じにすることはない」

    ここまでいわれると
    (じゃあ、組長のMを有罪に持ち込む証言をしたら求刑は軽くなるのかな?)
    とA君は思ってしまった。
    ところがのちに検事はとんでもない求刑をするのだが・・

    A君、連日8時間に及ぶ取り調べ、40日間の生き地獄を経て
    拘置所に移送になった。

    しかし、A君が移送された拘置所は
    まさしく幽霊が出ることで有名な福岡拘置所、
    そのなかでも最悪のC棟3階であったのだ

    To be continued・・・・

  • 実は・・・実話⑥-9

    1つの事件での逮捕による拘留期間は20日間である。
    その期間が過ぎて、さらに逮捕されると
    (このことを再逮という)
    さらに20日間拘留される。
    A君は嬉野の事件で逮捕され、
    さらに久留米の事件で再逮された。
    つまりA君は40日間拘留され、
    連日、法定の上限である8時間の取り調べを連日受けた。
    取り調べ担当者は暴力団専門の刑事である。

    A君は組長であるMとは1回しかあっていなかった。
    刑事はA君を追い詰めていった。
    「Mは生徒が来なかったらどうすっとや?と聞いてきたやろ?」
    「生徒が来ない場合のリスクを聞いてきたやろ?」

    刑事はどうしてもA君から
    Mが生徒が来なかった場合の対応を聞いてきた、
    という供述をとりたかったのだ。

    しかし、そもそもA君がMとあったその日は
    嬉野と久留米で教室を開校しようということしか決まっていなかった。

    この段階でのリスクとは
    生徒が集まらない場合のリスクであり、
    生徒が出席しない場合のリスクは考えない。
    そもそも刑事の言うリスクの意味が的外れなのである。

    A君は懸命に説明した。
    「いや、刑事さん
    ここでいうリスクは生徒が来ない場合のリスクです。
    この段階で生徒が出席しないことなど考えられない」
    なにしろ生徒にとっては受講するだけで生活給付金が得られるのである。
    この段階で欠席など考えられなかった。
    いくら説明しても刑事は理解しない。
    というより、
    Mが生徒が欠席した場合の対応を聞いてきたことにしなければ
    Mを有罪にもちこめなかったのである。

    刑事はさらにA君を追い詰めた。

    「Aさん、一番悪いのはMやろ?
    一緒にあいつをやっつようや」

    刑事はさらにとどめのセリフを吐いた。

    「Aさん、思い出せんやったら
    絞りだしてでも出せ!」

    A君はこの刑事のセリフを
    「Mを有罪に持ち込む供述を嘘でもいいからしろ」
    という意味にとらえた。
    A君は逡巡した。

    「刑事さん、少し考えさせてください」
    A君は昼食時間をとる間、考え込んだ。

    ヤクザが無罪になるのはおかしい。
    誰も供述しないのなら、
    自分が差し違えても
    Mを有罪に持ち込むべきだ。

    A君は連日の取り調べで
    ほとんど洗脳状態になっていた。
    そしてA君は午後の取り調べで
    このように供述した。

    「Mが生徒が出席しない場合の対応を聞いてきたので
    私は、出欠をごまかすこともできますよ、と答えました」

    その日、警察の取調室に早速、検事がやってきた。
    つまり、「しめた!」と思ったのである。
    そして検事もその供述書を作成し
    A君はそれに署名した。

    まあ、こうやって冤罪はつくられていくんですね
    なにしろ刑事自身もいってますから
    「供述書はおまえの言う通りには書かない」と(笑)

    A君はとうとう警察と検察のシナリオに
    そった供述をすることに心は折れてしまった。
    しかし、その後も
    A君は嘘の供述したことについて
    悩み続けることになる。