池澤夏樹氏の芥川賞受賞作である。
静寂さと透明感に満ち溢れた青春小説。
私の大好きな小説のひとつ、です。
「外の世界と、
きみの中にある広い世界との間に
連絡をつけること、
一歩の距離を置いて並び立つ
二つの世界の呼応と調和を図ることだ。」
人は世界との調和を望む。
しかし、現実は必ずしもそうではない。
自分と世界との間には微妙なずれがあり、
だからこそ、そこに動的な関係が生まれる。
それがポジティブなものであればいいが、
ネガティブに作用すると
世界も自分も傷つける。
この小説は自分の世界と
外の世界との間で
静かに、調和していくことを
望みながら、
日常を生きる青年の物語でもある。
詩的な文章がつづられていく。
圧巻は雪の描写だ。
「音もなく限りなく降ってくる雪をみているうちに、
雪が降ってくるのではないことに気付いた。
その知覚は一瞬にしてぼくの意識を捉えた。
目の前で何かが輝いたように、ぼくははっとした。
雪が降るのではない。雪片に満たされた宇宙を、
ぼくを乗せたこの世界の方が上へ上へと昇っているのだ。
静かに、なめらかに、着実に、世界は上昇を続けていた。
ぼくはその世界の真中に置かれた岩に坐っていた。
岩が昇り、海の全部が、膨大な量の水のすべてが、
波一つ立てずに昇り、それを見るぼくが昇っている。
雪はその限りない上昇の指標でしかなかった。
どれだけの距離を昇ればどんなところに行き着くのか、
雪が空気中にあふれているかぎり昇り続けられるのか、
軽い雪の一片ずつに世界を静かに引き上げる機能があるのか、
半ば岩になったぼくにはわからなかった。
ただ、ゆっくりと、ひたひたと、世界は昇っていった。
海は少しでも昇ればそれだけ多くの雪片を溶かし込めると信じて、
上へ上へと背伸びをしていた。」
これほど美しい雪の描写はないだろう。
そしてこの雪の描写は
自らの心象風景の描写でもある。
だからこそ、この一文は読む者の心に残る。