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  • 自分の前世を考えてみる

    某所で30代の青年から
    「田中さんは小学生の女の子みたいだ」といわれたことがあった。

    いわれてみて
    妙に納得するところがあった。
    ずっと思っていたのだが
    感覚が女性的なのだ。
    妻からも
    「タクはお姉系だよね」といわれたこともあり、
    そういうつもりはなくても
    どこか女性的なのである。

    だからハンドメイドのアクセサリーが好きだったり
    料理が趣味だったり、
    車は先日赤いPOLO(中古)を買ったりと
    自分が惹かれるものは
    女性が好きなものと符合が一致するのである。

    また、自分のインスタグラムの写真を見て
    「20代か30代の女性の写真かと思った」と
    いわれたこともある。

    そしてまた
    妙に大人になり切れないところがあり、
    同世代と話をしていても
    何か違和感を感じる時があるのである。

    たぶん、自分の前世は
    幼くして死んだ女の子だったのかも、
    と思うことがある。
    つまり今回は男として生まれたい、
    と願って生まれ変わったという感じがするのだ。

    しかし、
    最近はそういう女性的な感覚が
    サイト制作などでは
    うまく生きているような気がする(笑)

    奄美のハンドメイドアクセサリーのお店
    「Atelier lima」

    佐賀県基山町の
    「着付け・ヘアマイクの杠」

    どちらも女性経営者だが
    感覚が近いので
    クライアントが気に入りそうなものが
    なんとなく、ピンとくるのである。

    最近はいままでコンプレックスになっていた
    女性的感性を仕事でも活かそうと思うようになりました(笑)

  • 受刑者との文通④

    受刑者からの手紙が来た。
    これで3通目である。
    面識のない私と文通しているのだから
    つまり、家族との交流もないようである。

    刑務所でも職業訓練があるので
    受講するよう勧めたのだが、
    「身元引受人がいないと受講できない」らしい。

    そんな馬鹿な・・・
    刑務所での受刑態度が悪ければ
    受講できないのはわかるとしても
    「身元引受人がいないと受講できない」というのは
    さっぱり、わからない。

    こういう理不尽な判断基準がまかり通っているわけである。
    これでは再起を図ろうとする者が
    社会復帰後の生活手段としての
    資格を取得しようとしても
    できないではないか。

    累犯刑務所であるがゆえ、
    受刑者の再起について
    刑務官はあまり関心がない(笑)

    そうとう雑な待遇のようである。
    手紙の文面から
    「どうして文通しようと思ったのですか?」
    という質問があったのだが、
    もともとはマザーハウスの紹介からであり
    かつ、罪からの救いは私の課題だからである。

    キリストの言葉では
    愛が必要なのは
    「罪人と病人」なのである。

    罪ある人を救えない愛など愛ではない。
    それほど立派なことを言おうが偽善にすぎない

     

  • 【大人の恋歌】~バラのつぼみ~

    蕾をあげよう。
    君の心で花咲くように。

  • 妄想劇場~奄美編~

    【妄想劇場~奄美編~】

    赤緯89度15分0.8秒。
    北極星ポラリスの位置だ。
    夜空の多くの星のかでも
    ポラリスは道しるべとる星だ。
    夜の航海でもポラリスを目印に
    他の星や月の配列を観測すれば
    自分の位置がわかる。
    道に迷うことはい。

    でも、選択を迫られとき、
    壁にぶつかとき、
    心が迷う時がある。

    闇の中にいるとき、
    人の心の中では
    何が道しるべとるのだろう。
    暗闇でさまよい、
    行き先がわからとき、
    人を導く道しるべとるのは何だろう。

    <奄美の名瀬にて・・・・>

    「今日はフェリーで帰るの?」

    「うん、航空チケットがとれんだ」

    「9時半出港らまだ時間があるわ」

    奄美の港はすでに夜のしじまに包まれ、目の前には夜景が、
    空には満天の星空が広がてい

    「ときどき不思議に思うことがあるの。
    どうして人は星座んかをつくのかしらて」

    「どうしてんだろう。
    僕には北斗七星とオリオン座くらいしかわからいけどね」

    「北斗七星の先にあるのが北極星、あれでしょ?」

    彼女が指差しその先に
    奄美の澄み渡夜空に北極星が柔らか光を放てい

    ぶん、昔の夜の航海はあの星を目印にしていんだろうね。
    いまはGPSで海図に位置が表示されるけどね。」

    「昔の人は星を観がら、行く先の方向を知ろうとしのだわ」

    ぶん、北極星と星座の位置を観測して、方向を決めていんだろうね」

    星座ていうのも不思議だわ。どうや星座を決めのかしら。」

    そういわれてみるとどうしてんだろう。
    だれがどうや星座にストーリーをつけのだろう。

    ぶん、ギリシャ神話のあんだと思うよ」

    「そうね、神話ではオリオンは月と狩りの女神アルテミスとの悲恋の末に星座といわれているわ」

    「だから月はいつでもオリオン座のそばを通るらしいの」

    「ふ~ん、ロマンチック神話だね」

    「神話てユングによれば、人間の深層心理のプロトタイプらしいわ」

    しかに、神話は人間の生き方を表徴していると思えるよね」

    「星空を眺めるて、ぶん人を瞑想的にさせるのよ」

    「自分の人生の意味は何かて、
    これからどん生き方をすればよいかて」

    「だから、人は星座に意味をもせ、
    それが何かの未来を暗示するものだと考えんだわ」

    そう、人は夜の闇にひとりでいるときこそ
    夜空の星に何か意味あるものを求めんだろう。

    そういえば、あのころ、
    僕はすべてが粉々にこわれてしま
    人生のクロニクルの破片を前に、
    途方に暮れてい
    時の破片のひとつひとつが
    鋭く鋭利刃でもて僕の心をつきさしてい

    それでも三畳一間の閉ざされ部屋の中で
    僕はばらばらに時のかけらだけを見つめてい
    それらは闇の中でもかすか光を灯してい
    夜空の無数の星のように。
    僕はその時のかけらの一つ一つを眺めがら
    これまでの自分を見つめてい
    すでに治てい傷口のかさぶをかきむしるように。
    心の中は痛みとともにうすらと血がにじんでい
    自分自身を見つめることは痛みを伴うものんだ。
    その時、僕はそう悟

    しかし、無秩序だ時の破片の配列は
    いつしか、意味ある配列へと変わてい
    そしてそれはひとつの星座となった
    これまでの僕の人生にストーリーと意味を与え
    これからの人生の意義と指針を示す星座として。
    これが僕の星座んだ。
    確かにそう思え

    「これからどうするの?」

    「やるべきことは決めてるよ」

    「あだけの星座はみつかの?」

    「うん、そうだね」

    「じゃあ、もう彷徨うことはいわ」

    「あ星座はあだけのものよ」

    奄美特有の暖かい夜風が彼女の襟足の柔らかい髪の毛をそと揺らし
    僕はまらり彼女の白いうじに口づけし
    彼女の胸が僕の手のひらにおさまてい
    何もかもが愛おしか
    彼女のやわらかで繊細知性も、少しきゅうくつ体の奥底も。
    抱きしめがらも、僕の心は彼女の胸に抱かれてい

  • 人生後半における宗教的視座~受洗して1年、いま思うこと~

    「苦難と死は人生を無意味なものにはしません。
    そもそも、苦難と死こそが人生を意味あるものにするのです」
    ~「それでも人生にイエスという」(ヴィクロール・E・フランクル)~

    人生も後半になると、程度の差こそあれ
    だれでも自分の死を意識する。
    私自身も昨年に父、今年は母と両親が立て続けに他界した現在、
    すくなからず自分も「死」を意識するようになった。

    「人生後半は死に向かう生を生きる」といったのは
    ユング心理学の大家であり
    元文化庁長官でもあった河合隼雄氏である。
    河合氏は死に向かう生を生きるにあたって重要なのは宗教観をもつことだとも言っている。

    なるほどなぁ、と実感として理解できる。

    私の場合は
    あらゆる宗教講話を聴講している。
    真言宗、黄檗宗、臨済宗、曹洞宗、浄土宗、浄土真宗、パブテスト日本教会、カトリック教会、天理教などなど・・・

    当時は救いが欲しかった。
    心のよりどころとなる何かを求めていたのである。

    社会復帰後、
    どういうわけか
    私の周囲はカトリックのクリスチャンばかりだったので
    こうなる運命だったのかな、と思い
    昨年8月15日に洗礼を受けた。

    ルカ(LUCA)は私のクリスチャンネームである。
    ルカは聖書の4つの福音書の一つを書いた聖人であり、
    他の3聖人マタイ、マルコ、ヨハネとは異なり
    唯一ユダヤ人ではなく、
    医者として、パウロの巡教に同行した人物である。
    よってクリスチャンの医者でルカのクリスチャンネームを使う人が多い。
    有名なところでは「聖路加病院」だろう。

    私が求めていたのは「救いの宗教」であり
    そうした意味からすると
    本来私の家系は浄土真宗であるが、
    浄土真宗とキリスト教は同じ「救いの宗教」として
    親和性も高く、共通するメンタリティがある。

    特にキリスト教は
    「罪の赦し」と「罪からの救い」を教義としており、
    もっとも自分にフィットしたといっていい(苦笑)

    受洗して1年たったいま
    やはりよかったと思える。
    心のよりどころができたからだろう。

    どの宗教を信仰するかどうかは個人の自由であり
    かりに特定の宗教を持たなくても
    「死に向かう生」を生きる人生の後半では
    なんらかの宗教観は必要だと思う。
    宗教的視座を持つ、と言い換えてもいい。
    そして死を意識することで
    死から照射される
    現在の「生」がより一層際立つ。

    とすれば、
    人生後半こそ
    「生」の意味がより一層浮き彫りにされてくる、
    といってもいいかもしれない。

    まさしくフランクルが言うように
    「死こそが人生を意味あるものにするのです」
    ということが人生後半において
    実感としてより深く理解できるのかもしれない。

  • 大人の艶っぽさを考える

    大人の色気とはなんだろう。
    おそらく、それは「香り」のようなものだと思う。

    医療施設に数年いた期間、
    隣の男性から
    「田中さん、こいばみらんね」と
    結構、グロいエロ本を渡されたことがあった。

    実は、この手の本は苦手なのである。
    「ウソだろう!!」と思われそうだが、
    いかにも、
    男性誌の袋とじなど見ていそうに思われがちだが、
    実は、まったく苦手で
    げんなりしてしまうのである。

    単に艶っぽさを演出するのであれば
    手の表現だけでも十分色っぽいと思う。
    過多に肌を露出する
    フィジカルな色気よりも、
    この写真のように手の繊細な表情、
    これだけでも十分艶っぽいと思うのである。

    ほんのりと漂う艶っぽい「香り」。
    たぶん、大人の色っぽさとはそういうものだろうと思う。
    そうした香りのある大人でありたい。いた

  • 美容室ASKの林田さんのこと

    佐賀市にある美容室ASKの林田さん
    御年70過ぎではあるがお若い。
    金融機関からのご紹介で
    WEBサイトのリニューアルをしたいとのご希望に沿って
    いろいろアドバイスさせてもらっている。
    既存サイトが契約上、あと2年間は継続されるが
    その後は、また違うものをつくりたいそうだ。

    ともかく発想が若い。
    何しろ70過ぎでありながら
    プロが使うような画像処理ソフトの
    フォトショップとイラストレーターを使って
    チラシやDMをご自分で作成されている。

    少々ご不満があるそうで、
    それがなんと
    「田中さんはさっさと自分でやってしまって
    もう少し作り方を教えてほしい」とのこと・・・

    3日間であらかた作り上げたいので
    「さっさと自分でやって」しまうのだが
    「きちんと自分でつくれるようになりたい」と
    リクエストしてこられた方はほんとに少ない。
    ましてや林田さんのご年齢で・・・・

    ご自身でフォトショップやイラストレーターを使い、
    さらにWEBサイトも自分でつくれるようになりたい
    というこの高い学習意欲!

    ほんとにすごい女性である。

  • 犯罪被害者支援サポーター養成講座<3歳の娘を殺害された被害者遺族①>

    佐賀県が主催する犯罪被害者支援サポーター養成講座の第4回目。
    第一部の講座は7年前ひな祭りの日に
    3歳の娘を殺害されたSさんの話だった。
    スーパーで娘さんがトイレに行った際、
    後ろからつけてきた男から襲われ、
    リュックにつめられ、川に捨てられた。

    犯人は20歳の大学生。
    判決は無期懲役。

    Sさんには3人の息子さんがおり、
    娘さん殺害後、息子さんにも様々な異変が生じたそうだ。

    一時は一家心中を考えたものの
    警察からの被害者支援のサポートを受け、
    心療内科での治療を受けながら、
    徐々に落ち着いていったそうだ。

    裁判所で犯人を殺害し、
    自害しようとも考え、
    その思いを心療内科の医師に伝えたところ
    次のようにいわれたそうだ。
    「やってもかまいませんよ。
    しかし、それではあなたも殺人者になります。
    それで奥さんやお子さんは喜びますか?」

    この言葉でSさんは思いかえし
    新たな生き方を模索することになる

     

  • 受刑者との文通③

    受刑者のSくんから2通目の手紙が届いた。
    まだ30代前半、満期はまだ先だが、
    立ち直りは可能だろう。
    そもそもお互い面識もないのに
    マザーハウスを通して文通しているのだから
    本人はおそらく家族との手紙のやり取りもないのかもしれない。

    私のWEB解析士の仕事に興味深々である。
    出所後はWEB関連の仕事に従事したいらしい。
    どんな勉強をしたらいいのか、
    尋ねてきた。

    刑務所内でWEB関連の勉強は
    机上の書籍でしかできないが
    情報処理技術者の資格試験は受験できる。
    また、そのための職業訓練もある。

    佐賀だと佐賀少年刑務所に天山職業訓練校が併設されている。

    ほかにも希望すれば
    日商簿記の1級、2級の資格試験も受験できる。

    いろんな手立てを講じて
    社会復帰のための準備をしておくことが肝要だろう。

    将来に希望をもつことは大切だ。
    福岡教育大学を出ながら
    3回、刑務所に入ったM君がいっていたが
    「もう、3回も刑務所に入ると
    生きていきたくもないが
    死ぬこともできないので
    生きているという感じ」になるらしい。

    また、中学高校の同級生で
    浄土真宗の住職をしているS君もいっていたのだが
    彼は教誨師として
    佐賀少年刑務所に受刑者に説法をしにいっており、
    「満期出所の人は
    希望をもっていないんですよね。
    刑務所にいた方がよっぽどいいという感じですね」
    と話していた。

    シンプルに言えば
    将来に希望をもって
    日々努力する、ことが大切
    ということだ。

    おそらく希望を持ち続ける勁さというのがあるのだろう。

    多くの人が「強さ」を
    競争社会で生き抜いていく「強さ」をイメージするだろうが
    社会から隔絶され
    孤独のうちにいる人においての「強さ」とは
    他者との比較の上に成り立つ「強さ」ではなく
    希望を持ち続ける「勁さ」である。

    満期出所まであと4年ほど。
    くじけないで希望を持ち続けてほしい。
    その間、支えてあげたい。

  • 佐賀市若宮町の寿司割烹「いち善」の花籠弁当

    今日は、クライアントの方と 佐賀市若宮町にある寿司割烹「いち善」で ランチをいただきました。 注文したのは「花籠弁当」 1500円ですのでプチ贅沢なランチですが 「上質な普通生活」を標榜する私としては ここいらが上限かな、と。 薄味の上品な味付けで 店内も清潔、上品なつくりでした。 ご年配の女性が多く、まあ、そういうプチ贅沢なランチを楽しみたい人にはぴったりなお店です。
    花籠弁当(1500円)
    花籠弁当のデザート