【妄想劇場~奄美編~】
赤緯89度15分0.8秒。
北極星ポラリスの位置だ。
夜空の多くの星のなかでも
ポラリスは道しるべとなる星だ。
夜の航海でもポラリスを目印に
他の星や月の配列を観測すれば
自分の位置がわかる。
道に迷うことはない。
でも、選択を迫られたとき、
壁にぶつかったとき、
心が迷う時がある。
闇の中にいるとき、
人の心の中では
何が道しるべとなるのだろう。
暗闇でさまよい、
行き先がわからなくなったとき、
人を導く道しるべとなるのは何だろう。
<奄美の名瀬にて・・・・>
「今日はフェリーで帰るの?」
「うん、航空チケットがとれなかったんだ」
「9時半出港ならまだ時間があるわ」
奄美の港はすでに夜のしじまに包まれ、目の前には夜景が、
空には満天の星空が広がっていた。
「ときどき不思議に思うことがあるの。
どうして人は星座なんかをつくったのかしらって」
「どうしてなんだろう。
僕には北斗七星とオリオン座くらいしかわからないけどね」
「北斗七星の先にあるのが北極星、あれでしょ?」
彼女が指差したその先に
奄美の澄み渡った夜空に北極星が柔らかな光を放っていた。
「たぶん、昔の夜の航海はあの星を目印にしていたんだろうね。
いまはGPSで海図に位置が表示されるけどね。」
「昔の人は星を観ながら、行く先の方向を知ろうとしたのだわ」
「たぶん、北極星と星座の位置を観測して、方向を決めていたんだろうね」
「星座っていうのも不思議だわ。どうやって星座を決めたのかしら。」
そういわれてみるとどうしてなんだろう。
だれがどうやって星座にストーリーをつけたのだろう。
「たぶん、ギリシャ神話のあたりなんだと思うよ」
「そうね、神話ではオリオンは月と狩りの女神アルテミスとの悲恋の末に星座になったといわれているわ」
「だから月はいつでもオリオン座のそばを通るらしいの」
「ふ~ん、ロマンチックな神話だね」
「神話ってユングによれば、人間の深層心理のプロトタイプらしいわ」
「たしかに、神話は人間の生き方を表徴していると思えるよね」
「星空を眺めるって、たぶん人を瞑想的にさせるのよ」
「自分の人生の意味は何かって、
これからどんな生き方をすればよいかって」
「だから、人は星座に意味をもたせ、
それが何かの未来を暗示するものだと考えたんだわ」
そう、人は夜の闇にひとりでいるときこそ
夜空の星に何か意味あるものを求めたんだろう。
そういえば、あのころ、
僕はすべてが粉々にこわれてしまった
人生のクロニクルの破片を前に、
途方に暮れていた。
時の破片のひとつひとつが
鋭く鋭利な刃でもって僕の心をつきさしていた。
それでも三畳一間の閉ざされた部屋の中で
僕はばらばらになった時のかけらだけを見つめていた。
それらは闇の中でもかすかな光を灯していた。
夜空の無数の星のように。
僕はその時のかけらの一つ一つを眺めながら
これまでの自分を見つめていた。
すでに治っていた傷口のかさぶたをかきむしるように。
心の中は痛みとともにうっすらと血がにじんでいた。
自分自身を見つめることは痛みを伴うものなんだ。
その時、僕はそう悟った。
しかし、無秩序だった時の破片の配列は
いつしか、意味ある配列へと変わっていった。
そしてそれはひとつの星座となった。
これまでの僕の人生にストーリーと意味を与え
これからの人生の意義と指針を示す星座として。
これが僕の星座なんだ。
確かにそう思えた。
「これからどうするの?」
「やるべきことは決めてるよ」
「あなただけの星座はみつかったの?」
「うん、そうだね」
「じゃあ、もう彷徨うことはないわ」
「あなたの星座はあなただけのものよ」
奄美特有の暖かい夜風が彼女の襟足の柔らかい髪の毛をそっと揺らした。
僕はたまらなくなり彼女の白いうなじに口づけした
彼女の胸が僕の手のひらにおさまっていた。
何もかもが愛おしかった。
彼女のやわらかで繊細な知性も、少しきゅうくつな体の奥底も。
抱きしめながらも、僕の心は彼女の胸に抱かれていた。