実は・・・実話⑥-12

A君が収監された独居房は

トイレ付の三畳一間。

与えられているのは横幅80cm、奥行き50cmの座卓のみ。

A君の部屋の階は幽霊が出ることで有名な福岡拘置所C棟3階。

A君は当時のことをこう述懐している。

「つらかったですね」

「なにより家族と連絡がとれないことが一番こたえました」

「でも弁護士とは連絡できるんでしょ?」

「はい、そうなんですが、週に1回、それも30分だけですよ」

「運動はどうしてたんですか?」

「午前中15分、午後15分ほど運動できますが、

私は接見禁止だったんで、運動の時も

6畳くらいの上も金網が貼ってある鳥小屋みたいな部屋で運動してました」

「しかも、軽度の糖尿と診断されてましたから

成人男性に必要な1日2000キロカロリーの半分、1000キロカロリーの糖食をたべていましたので、体重はみるみる落ちていきました。」

「出所時には腹筋割れしてましたね」

「独房内での生活はどんなでしたか?」

「なにしろ3畳一間でテレビはありましたが、裁判のための準備以外に何もやることなくて、ともかく当初は私を暴力団組長に紹介した嬉野町のY君や、教室責任者のXやHのことを恨みましたね」

「でも、いくら恨みつらみをいえども、三畳一間の独房では愚痴る相手もいないんですよ」

「そうしていくうちにだんだん辛くなってくるんですね」

「そして、気が付くんですよ。自分を苦しめているのは自分の感情だと。
なにしろいくら恨みつらみをいっても置かれている環境は三畳一間の独房ですから、何もできないんですね。
すると、自分の感情だけが、自分に圧し掛かってくるんですよ」

「まあ、そうですね」

「つまり外界というのはあくまでトリガーで、それに想起された自分自身の感情が自分を苦しめているんだと思うようになったんです」

「たとえてみれば、海におぼれていて、岸まで泳ぎ切ろうとするときにピストルやナイフを身に着けますか?」

「いや、それはないでしょう」

「そうですよね。溺れているときは、まずは身軽にすることが大切ですよね。
それでそれまで負担になっていた負の感情を徹底的に削ぎ落としていく内的なプロセスに入っていたんです」

「なるほど」

「自分のなかの負の感情を削ぎ落として行くと、シンプルな感情だけが残るんです」

「なんですか」

「愛と希望です」

「いや、いや、それはちょっと クサイのでは??」

「まあ、そう思うんでしょうけど、少し考えてみてください」

「もし、あなたが、誰とも話せず、だれかに一度だけ、言葉を伝えることができるとしたら、だれに何を伝えます?」

「う~ん・・そうですね、妻と子どもに伝えたいと思います」

「何を伝えます。ただし一言だけといわれれば」

「あなたたちを愛している、と伝えます」

「そうでしょう?それが自然な感情なんだと思います」
「それで私は古今和歌集を買って、恋歌を書き始めたんです」

「それで恋歌を書いているんですね」

「そうですね、気障に思われるでしょうが、愛している人に愛していると伝えられるだけでも人は幸せなんですよ」

「まあ、Aさんからすればそうでしょうね」

「もうひとつ大事なのは『希望』です」

「なんかさらにクサイんですけど・・・」

「でも、これもよく考えてください。自身が身体的に拘束されている状態が6か月間続いたとしたら、まあ、それも6か月後には自由になれるとして、拘束されてある期間は何を考えますか?」

「やっぱり、自由になったら何をしようかと考えます」

「そうですよね。たとえばすき焼き食べよう、とか、焼き鳥屋に行こうとか、そんなことでも想像しながらなら、現状のつらい期間は何とか頑張って耐えよう、と思えますよね」

「まあ、そうです・・・」

「それもやっぱり希望なんですよ」

「う~ん・・・・」

「私の場合もいずれ社会復帰するわけですが、社会復帰したら何をしようかと考えたんです」

「ふ~ん・・」

「それで80歳までの人生計画をたてたんです」

「へえ!!」

「それで、座卓で勉強しはじめました」

「はあ、それが始まりなんですね」

「そうですね。座卓での勉強の習慣はいまも続いてます」

「それに、身体的に拘束されてますから、自由は頭の中にしかない、という考えにいたったんですよ」

「なるほどですね」

「思考することの自由、それだけが真の自由だという持論はここで形成されました」

「そうなんですね」

「ただ、これは出所後、社会復帰してからわかったんですが、刑務所を出所して、順調に社会復帰した人のほとんどが、こうした私みたいな自分自身の心の深い部分にまで探っていって心の回復をなしていった人がほとんどだったのです」

 

「はあ・・・」

「つまり、罪を犯した人の社会復帰の起点はまずは『心の回復』なんですね」

「そうなんですか」

「そうです。これはいくら強調しても強調しすぎることはないんですが、元受刑者の社会復帰の一番肝心なことは『心の修復、心の回復』なんです。それがまず第一なんです」

「ですから反省とか矯正なんかは実質、まったく意味ないと思います。心の修復、回復がないとを罪を犯した自分自身の内部はかわりません。」

「そうなんですか・・・」

「まあ、そうなんですが、このことについては、いずれ別の機会にお話します」

「ありがとうございます」

Aさんとの対話はまだまだ続く・・・・

To be continued・・・

妄想劇場~白馬編~

およそ多くの宗教が説いている。
人間にとって、悲しみは
光の世界に至る洞穴であり
神の計画の眼目であると。

しかし、悲しみが
光の世界に通じる洞穴であるとしても
そこに至るまでは
孤独な暗い坑道を歩まねばならない。
そこに求められるものは何だろうか。
何が暗闇を照らすのだろう。

愛と希望の光度。
それだけが闇を照らすのかもしれない。

「ずいぶん、久しぶりだわ」

「そうだね、3年ぶりかな・・」

「どういう生活してたの?」

「言葉を失っていた・・」

「どういうこと?」

「6か月間の接見禁止をくらってたんだ。
その間はだれとも会えないってことさ」

「家族にも?」

「そう、手紙も書けない」

「孤独だっだの?」

「そうだね、何しろ話す相手がいないんだから」

「6か月もそんな生活?」

「そう、先の見えない暗闇に一人でいる感じ。
ほかになにもすることがなかったし、
思考することだけが自分の自由を得られる手段だったかな・・
というより、深く自分の内部に沈降していくしかなかったというのが真実だね。」

「ジャックマイヨールって知ってる?」

「知ってるさ、素潜りの天才だよね」

「そう、あなたのふるさと佐賀、
その佐賀の唐津の海でイルカに出会ったのをきっかけにダイバーになったフランス人、大の親日家でもあったわ」

「記録では100メートルの深さまで潜っていったらしいね」

「世界記録保持者だわ。
でも、ジャックは深い海に潜って行ってわ」

「深い海ってなんなのかしら」

「100メートルの素潜りなんだから、暗闇なんだと思うよ。
音も聞こえないだろうし・・・」

「そうかしら」

「なにも聞こえず、暗闇だからこそ感じる何かがあったと思うわ」

「音もない暗闇の中で
ジャックは自分の心の声を聴いていたんだと思うの」

「たぶん・・・、沈黙が広がる闇の中でこそ
自分の声を聴くことができたんだと思うわ」

「確かに、ジャックは座禅も組んでたらしいし、禅の修行僧のような雰囲気もあった・・・」

「何も聞こえない暗闇だからこそきこえてくるものがあったはずだわ」

そうかもしれない。
彼女が言うようにジャックは海に深く潜り込んでいくことで
その深い海の底で、
自分の心の奥底に潜む声だけを聴いていたのかもしれない。

確かにそうだった。
僕自身、何も聞こえてこない空間の中にひとりあって
聞こえてくるのは自分の心の声だけだった。

知らぬ間にできていったいく千もの心のひだ。
何かがもつれ、何かがからまり、何かが不足していた。
その心のひだの奥底をかきわけるようにして
その奥に潜む真実の言葉を探しいっていた。
人肌のぬくもりが感じられる言葉を。

「モノローグ。結局、自分との対話だね」

「そんなことないわ。
モノローグはダイアローグにつながるんだと思うの」

「デュラスの小説だわ」

マルグリッド・デュラス。
フランスの女性作家。彼女の小説「ラマン(愛人)」は高校生の時に読んだ。
デュラスの小説はなんだろう。
ただ、ひたすら自身の少女のころの恋愛を語る。
時に一人称で、時に三人称で過去の自分をつきはなし、
デュラスは小説で自身のことを語る。

そこで語られるのは
家族との葛藤、あつれき、
お互いの孤独をうめようとするかのように求め合う少女と青年実業家。
デュラスは少女のころの自分に立ち返りながら
過去の傷をかさぶたの剥ぐように、
うっすらと血がにじむような痛みが疼くように心を痛める。

しかし、その痛みとともにデュラスは自分の過去を
そして自身のことを愛している。

おそらく自分自身を振り返ることは
自分のことを見つめなおすことは痛みを伴うものなのだ。
自身を愛することはその痛みをともに愛することなのだ。

そして、その痛みをデュラスとともに
読者は共有し、共感を覚える。

「デュラスは自分を語ることで、おそらく多くの読者との対話を得ていたのよ」

「モノローグがいつしかダイアローグにかわっていたんだわ」

「だから、あなたもいつか自分を語ることが必要になると思うの。
あなたのモノローグはいつか多くの人とのダイアローグにつながるはずよ」

そうかもしれない。
あのころ、僕は心の奥底の真実の言葉を心のひだをかきわけるように探っていた。
ぬくもりのある言葉がほしかった。

窓の外では白馬村特有のパウダースノウといわれるさらさらとした粉雪が降り積もっていた。
夜の闇にあって、やわらかな月明かりが雪面に反射し、闇は闇ではなくなっていた。

人肌のぬくもりを感じたかった。
狂おしいほど、体の奥底で。

ふたりの腕がお互いの背に重なり合った。

彼女の唇がほどけ、舌がからんできた。
そして、彼女の体が白い闇に溶けていった。