実は・・・実話⑥-8

A君の取り調べを担当した刑事は
博多署の組織暴力対策課の選りすぐりのチーム
暴力団犯罪捜査課の現場を事実上指揮するG係長だった。

取り調べ当日、刑事はA君にこういった
「おまえの言う通りには書かんからな」
つまり供述書はA君の供述通りには書かない、ということである。

A君への取り調べは熾烈を極めた。
法的に決められた取り調べ時間は1日上限8時間。
その上限8時間を連日にわたって執拗に続けられた。

午前中3時間、午後3時間、
そして就寝9時以降にたたき起こされ
10時から12時までと、断続的にやらされるのである。
精神面でくたくたになる。

A君は当初否認した。
A君にそもそも詐欺の認識はなかったのである。
確かに出欠をごまかしたものの
A君自身にメリットがあったわけではなく、
図利目的はなかったからである。
しかし、出欠をごまかしたのは事実であるため
その点については認めた。

しかし、刑事の目的は
暴力団組長であるMの起訴、
有罪へもちこむことであった。

共犯者は生徒含め40人。
その誰もがM組長への供述は避けていた。
教室責任者である久留米教室のHも
嬉野校教室のXもM組長に関する供述は一切しなかった。
それどころか久留米教室のHは
「Aの指示による詐欺行為」と供述したらしい。

A君は精神的に追い詰められていた。
刑事はさらにA君を追い詰めた。
「Aさん、HもXもM組長のことはなんにもいわんぞ
あんたの指示によるものだと供述しているぞ」

A君はM組長とは嬉野市に住むY君の紹介で
「地元の有力者」として紹介されており、
実際にMが暴力団組長とは知らなかった。
しかも久留米市のファミリーレストランで
1回しかあっていないのである。
そのファミリーレストランでは
「久留米と嬉野で開校しよう」ということしか決まっていなかった。
そこで「出欠をごまかそう」という話はなかったのである。

A君はそういう事情を正直に話したものの、
刑事もまた、他の共犯者から供述がないため
A君からの供述に頼るしかなかったのである。
つまり刑事のシナリオはこうだ。
A君とM組長が久留米のファミリーレストランで
生徒の出欠をごまかして詐欺を共謀した、というものである。

仮にそうだとすれば、その後A君が久留米の教室責任者に送ったメール
「遅刻は大目に見るが、欠席を出欠にするのは糊塗できない」と矛盾する。

しかし、刑事は何とかして
A君とM組長の共謀事実の供述をとり
M組長を起訴有罪にもちこみたかった。

刑事の同じ質問を延々と繰り返した。
「Mはいったやろ?
生徒がこなかった場合、どうすっとや?と」

1日8時間延々と同じ質問が繰り返された。

To be continued・・・・・

私の読書遍歴:スティル・ライフ(池澤夏樹著)

池澤夏樹氏の芥川賞受賞作である。
静寂さと透明感に満ち溢れた青春小説。
私の大好きな小説のひとつ、です。

「外の世界と、
きみの中にある広い世界との間に
連絡をつけること、
一歩の距離を置いて並び立つ
二つの世界の呼応と調和を図ることだ。」

人は世界との調和を望む。
しかし、現実は必ずしもそうではない。
自分と世界との間には微妙なずれがあり、
だからこそ、そこに動的な関係が生まれる。
それがポジティブなものであればいいが、
ネガティブに作用すると
世界も自分も傷つける。

この小説は自分の世界と
外の世界との間で
静かに、調和していくことを
望みながら、
日常を生きる青年の物語でもある。

詩的な文章がつづられていく。
圧巻は雪の描写だ。

「音もなく限りなく降ってくる雪をみているうちに、
雪が降ってくるのではないことに気付いた。
その知覚は一瞬にしてぼくの意識を捉えた。
目の前で何かが輝いたように、ぼくははっとした。
雪が降るのではない。雪片に満たされた宇宙を、
ぼくを乗せたこの世界の方が上へ上へと昇っているのだ。
静かに、なめらかに、着実に、世界は上昇を続けていた。
ぼくはその世界の真中に置かれた岩に坐っていた。
岩が昇り、海の全部が、膨大な量の水のすべてが、
波一つ立てずに昇り、それを見るぼくが昇っている。
雪はその限りない上昇の指標でしかなかった。

どれだけの距離を昇ればどんなところに行き着くのか、
雪が空気中にあふれているかぎり昇り続けられるのか、
軽い雪の一片ずつに世界を静かに引き上げる機能があるのか、
半ば岩になったぼくにはわからなかった。
ただ、ゆっくりと、ひたひたと、世界は昇っていった。
海は少しでも昇ればそれだけ多くの雪片を溶かし込めると信じて、
上へ上へと背伸びをしていた。」

これほど美しい雪の描写はないだろう。
そしてこの雪の描写は
自らの心象風景の描写でもある。

だからこそ、この一文は読む者の心に残る。