人を理解するということ

子どもの頃、よく遊んだ遊園地に行ってみる。
ひどく狭く感じられる。
子どもの頃は、そこで野球やったり、肉弾という遊びをやったりと狭く感じれられることはなかった。

遠足となると1か月前から毎日が待ち遠しく、1日がひどく長く感じられた。

それが、大人になるとまるで違って感じられる。
すると、子どもを理解するというのは
一度、子どもの目線に立ってみないとわからないのかもしれない。

子どもの視点に立ってみる。
子どもの視点から見える世界。
子どもが見ている世界に
自分も立って同じ世界を見てみる。

しかし、それは子どもに対する理解のみならず、すべての人にも通じるようにも思う。

人を理解するということは何か。

何を感じているのか。
何を見ているのか。

人を理解するというのは
つまり、その人が見ている世界を同じ視点に立ってみてみることだと思う。

一度、自分の立場から降りてみる。
相手が見ている世界とは何なのか、
何を見ているのか、
どんな世界が見えているのか。
それを共有してみる。

人を理解するというのはそういうところから始まるのだと思う。

道の駅「白石」のレストラン「たんなかCAFE360°サンロクマル」

道の駅「白石」のレストラン「たんなかCAFE360°サンロクマル」

道の駅「白石」の2Fにあるレストラン「たんなかCAFE360°(さんろくまる)」。

ネーミングはおそらく見渡す限り、つまり360°「たんなか」がみえるという意味でしょう。

お昼に、サラダを食べました。
レンコンチップがのせられており、たまねぎドレッシング。
まさしく白石町の特産品、満載のサラダ。

グリルした野菜もあり、野菜をおいしくたべる工夫もしてあります。


世界にふたつだけのパイ~武雄市「La Mia Casa」のスフォリアティーネ

武雄市にあるイタリアンレストラン「La Mia Casa」。
ミシュランガイドにも掲載された味には定評のあるお店です。

オーナーシェフは宮本さん。
その奥様、香さんがパティシエを務めていらっしゃいます。

その香さんがつくるイタリアンパイ「スフォリアティーネ」が絶品。
「スフォリアティーネ」とはイタリアのパイ菓子。
大手チェーン店「Jolly Pasta」でも「スフォリアティーネ」が提供されてますが、香さんがつくるそれとは似て非なるもの。

香さんの「スフォリアティーネ」は
イタリアヴェローナの郊外ヴィラ・フランカの菓子舗<モリナリ>で、
1854年からかわらぬレシピで作り続けられている「スフォリアティーネ」と同じ製法によるものです。

イタリア独立戦争の折り、この地に立ち寄ったヴィレットリオ・エマヌエル2世とナポレオン3世の献上菓子として創案され、
それ以来(150年以上)門外不出のレシピだったのですが、香さんはそのレシピを学びました。

日本では彼女だけが知るレシピです。

パイ生地は1枚の生地を幾重にも折り重ねてつくるもの。
香さんの「スフォリアティーネ」は数えきれない層の生地を折り重ねてつくります。


原料は小麦粉、バター、砂糖のみ。
薄く幾重にも重ねられたパイ生地が軽くサクッとしていて
それにバターの風味が口いっぱいに広がります。

軽くて、サクッとしていて、それでも風味豊か。

ティラミスが重層的なオーケストラの味わいなら、
「スフォリアティーネ」は高度な技術に裏打ちされたアコースティックギターの名演奏。

シンプルながら、いやシンプルだからこそ、
その味わいがストレートに伝わる、
そんな感じ。

現在、製品化を目指して頑張っていらっしゃいます。

こうご期待、です!

言葉の透明感

「言葉に透明感がある」そういわれたことがあります。
ブログに書いた文章をFACEBOOKに掲載した時のこと。

正直言ってうれしかった。
透明感のある言葉。
自分もそういった言葉が好きだから。

透明な光。
それは何もない、ということではない。

プリズムに光を通してみる。
波長によっていくつもの光に分解される。
紫外線から赤外線まで。
その間に7色の光が含まれる。

すべての色を含みながら透明な光になる。

そこには人に有害な紫外線もある。

闇を照らすのは愛と希望の光度。
それは孤独と絶望の闇をしっているから。

救いと赦し。
それは罪と罰をしっているから。

そういったすべて包含しながら
透明な光となる。

そんな言葉を紡いでいきたい。

 

フランクルの命題を考える「人生を意味あるものに変えるのに、遅すぎることはけっしてない。たとえもし、あなたが、明日、死刑になる殺人犯だとしても」

自分のスマホの中に2年前に亡くなった母の携帯電話のデータが残されていた。
母の死を看取ったのだが、その前から、だんだんと衰弱していく母の姿を見ていた。
死の1~2時間ほど前から、母の呼吸が弱弱しくなり、母は懸命に息をしていた。
ただ、なぜか、私の目を見て、「ヨ・・・ヨ・・・」と何かを言おうとしていた。

そのとき、母が何を言おうとしていたのかはわからない。弱弱しい発語が何を意味しているのか、その時はわからなかった。
しかし、今になって思うと母は「ヨイショ、ヨイショ」と言っていたのではないかと思う。
呼吸することさえ、精一杯の体力で、母はそれでも懸命に生きようとしていたのだ。
死の直前まで。

母は自分のそうした姿を通して、私に「懸命に生きよ」と伝えようとしていたのだ。

アウシュビッツ強制収容所から生還したフランクルは「人生を意味あるものに変えるのに、遅すぎることはけっしてない。たとえもし、あなたが、明日、死刑になる殺人犯だとしても」と言った。

人は死の直前まで自らの生の意味を、その価値をつくり出すことができる。

母は死の直前にまで、私に生きることの大切さを、精一杯生きることの大切さを伝えたのだ。