私の読書遍歴:「三種の神器」(戸矢学著)

神道の研究者である、著者戸矢氏が
一貫して追い求めているのは
つきるところ、
「日本人の精神文化の源流は何か」
ということだろう。

この著書「三種の神器」は
戸矢氏のそうした研究テーマについて
天皇の地位を根拠づけるものとしての
「三種の神器」(玉・鏡・剣)を通して
日本人の精神文化を探っていく。

天皇は世界的に見ても唯一無二の
祭祀と統治をつかさどる国家君主であった。
現在は政治的な統治からは切り離され、
祭祀が中心となっているものの
(実際にはその祭祀も少なくなっているらしいが)
このような国家君主は日本の天皇だけである。

その天皇の地位を権威づける
三種の神器は何を意味するのか。

そもそも「三種の神器」は
どういう経緯でつくられたのか
またなぜそれが天皇の地位を保証するものとして
権威づけられたのか、
その形状はいかなるものか、
これらの謎について
戸矢氏は丹念に検証と推論を重ねていく。

日本書紀、古事記、風土記のみならず
弥生時代からの考古学なども踏まえながら
三種の神器の成立過程を検証していくなかで
戸矢氏は自身の神道という視点に立脚しながら
日本人の精神文化の源流とその構造を
明らかにしていく。

そして
「三種の神器」の成立過程、
その形状を明らかにしながら、
「三種の神器」が象徴する意味を明示する。

さて、その「三種の神器」が象徴する意味とは何か?
それは実にシンプルでいつの世でも求められる価値である。
それゆえ、「三種の神器」は天皇が引き継がなければならないものであろう。

私の読書遍歴・・「蹴りたい背中」(綿谷りさ)

認めてほしい。
許してほしい。
櫛にからまった髪の毛を
一本一本取り除くように、
私の心にからみつく黒い筋を
指でつまみ取ってごみ箱に捨ててほしい。
人にしてほしいことばっかりなんだ。
人にやってあげたいことなんか
何一つ思い浮かばないくせに

綿谷りさが19歳で芥川賞を
受賞した小説「蹴りたい背中」の中の一文。
19歳の少女の感受性が
大人になった今でも私の胸をうつ。

だれもが人に理解されることを望む。
理解されたいと望み、
言葉を紡ぎ、語り、
誰かと感情を共有し、
共感してほしいと願う。

だが、時として、
人からの無理解に悶々とし、
あるいは、人への理解はおろそかになり、
ゴツゴツとした人間関係の軋轢に
苛まされる。

いつしかそれは
「櫛にからまった髪の毛」のように
心に絡まっていく。

そして、
「一本一本取り除くように、
私の心にからみつく黒い筋を
指でつまみ取ってごみ箱に捨ててほしい」とも願う。

しかし、
それでも人は誰かと感情を共有し、
共感したいと願い、
あるいは同情し、喜び、涙する。

いつだって人は
心のつながりを求めている。

多くの愛憎を繰り返しつつ、
そのなかでも人は
愛し、愛されることを
望んでいるのだ。

 

「組長の娘」(広末登著)

「組長の娘」
この題名を見ただけで「週刊実話」の世界のような
何やらアンダーグランド的ノンフィクションものの匂いが漂う。
本書の構成は大きく二部に分かれている。
前半は大阪の侠客の家に生まれた中川茂代の人生と彼女の暴力団組員の社会復帰に向けた支援活動の内容。
後半は中川茂代の活動における元暴力団組員や元受刑者の社会復帰に向けた支援活動の意義についての考察。

元受刑者の社会復帰の支援活動については
法務省も推進しており、
元受刑者を積極的に雇用する制度
「協力雇用主制度」があるものの
その雇用率は2015年のデータでは
3.5%といたって低い。
実質的にほとんど機能していない。

広末氏は中川茂代氏の活動を通して
インフォーマルな支援活動の必要性を訴える。
彼女の活動の根底にあるものは
元受刑者が社会復帰するまでの
「痛み」を共感していることだ。

マザーテレサは
「愛することとは、
いつでも痛みを伴うところまでいくのです」
といった。

人を支援していく、というのは
この「痛み」を共感できるところから始まるのだろう。

これから「正義」の話をしよう

【これから「正義」の話をしよう(マイケルサンデル)】

これはテレビでも放映されたハーバード大学での哲学講義の内容を本にまとめたもの。
テレビでの放映は視聴していたので大体の内容は知ってますが、改めて本で読むとやっぱり面白い。

哲学の面白さとは何か。
世界の見方、解釈の仕方を少し変えてみる、ということではないでしょうか。

その時、世界は新たな様相を呈します。

哲学とは私たちが世界をとらえ、解釈していく際のアルゴリズムのようなものでしょう。
アルゴリズムを変更すると、世界の見方、解釈は変わっていきます。
何の変哲もない日常が、哲学というアルゴリズムの変化によって、まったく違ったものにもみえてくるのです。
哲学の面白さとはそういったところにあるのでしょう。

ハーバード大学の哲学教授、マイケル・サンデル教授は「正義」について様々なケースを検証することで、私たちが「当然」と考えている「正義」観の前提にあるものを覆していき、別の見方を提示します。

思考すること自体の面白さ。
哲学とは思考の自由を与えてくれるものであり、
そして自由な思考こそが本当の自由なんだな、と感じさせてくれる本です。