受刑者との文通①

刑務所で受刑中の男性と文通始めました。
先月、手紙をおくったところ、
今日、返事がきました。
年齢は32歳、満期出所まであと4年半とのことです。
丁寧な文字で書かれてあり、
私の仕事、WEB解析士の仕事にも興味があるとのことです。

出所時、まだ30代なので、
まだやりなおしは効くでしょう。

私が説教じみたことをいうことはまずない(笑)

自分を見つめ、
自己と対話することをすすめてます。

自分の過去、家族のことなど
眼をそむけたくなるような自分のことから
目を背けず、みつめることが
再スタートのための起点となります。

そこから自分のコアになるものをつかんで
無駄なもの、腐った部分を剪定し、
新しい方向にむけて、再スタートできるかどうか。

なんとかいい相談相手になれて
彼の新しい人生に
いい意味での影響を与えることができれば
幸いです。

昔ながらの黒糖焼酎を製造している富田酒造場に行ってきました

昔ながらのかめ仕込で黒糖焼酎を製造している富田酒造場に行ってきました。

ここの黒糖焼酎は量産化されていないため知る人ぞ知る、という焼酎です。

有名なのは「龍宮」という黒糖焼酎。

買えるところは少ないのでなかなかてにはいりません。

でもおいしいのでお薦めの一品です。

モラルで人は救えない

愛のないモラルの押しつけは暴力以外の何物でもない、
つくづくそう思う。

モラリストの多くは
誰もが反論できないような概念をもちだし、
小さな戸惑いやためらいさえも
踏みにじる。

いわゆる
「人の道に云々・・」
「常識だろっ」という感じで。

そこには、相手に対する思いやりよりも
上から目線で
「言い負かしたい」
という意図が見え隠れする。

しかし、実はこうしたモラルの押しつけが
特に家族関係においては
小さな傷をつくり、
それがいつしか心をむしばみ
大きなブラックホールにつながるケースもある。

加害者家庭支援を行っている
阿部さんの著書「息子が人を殺しました」を読むと
犯罪を犯した人たちが
実は厳格な家庭で、
あるいはいたって平均的な家庭で
育てられていた、
というケースが多いのである。

愛のないモラルの押しつけが
心に傷をつくり、
それがいつしか歪みとなり、
たまったエネルギーが爆発した時
狂気となる、という事例もある。

人は弱く、
時に自分勝手で、
ずるくもある。
しかし、一方で
人から理解され、
理解しあいたいと願う。

元受刑者に対する多くの態度は
モラルの欠落が犯罪につながるものとみなし、
通り一辺倒のモラルを押し付ける。
しかし、それはまったく意味がない、
それどころか有害でさえある。

大切なことは、
相手を言い負かし、
従属させるモラルではなく、
それを守ることで
自分も、また周囲の人も
楽しく幸せに暮らせるためのルールである、
と知ることだろう。
そのとき、人はモラルを大切にする。

愛のないモラルは暴力以外の何物でもない、
それは誰もが反論できないような概念でもって
人の心の小さな戸惑いやためらいを踏みにじる。

モラルで人は救えない。
孤独と絶望の淵に立たされている人を救えるのは
罪の負のスパイラルから人を救えるのは
モラルではなく、「愛と希望」だ。

LUCAという社名に変更しようか・・・

昨年の8月15日に受洗して10か月がたちます。
LUCAのクリスチャンネームはもちろん聖書の中の「ルカの福音書」に拠っています。
ルカは他の福音書の著者、マタイ、マルコ、ヨハネとは異なり、唯一ユダヤ人ではない、当時としては異邦人であり、パウロの巡礼に医者として同行した聖人です。
つまり、ルカは知恵に満ちた聖人ともいえるでしょう。

人に生きていくうえで必要な言葉は
愛に満ちた言葉、
希望に満ちた言葉、
知恵に満ちた言葉、
そして、ほんの少しのユーモアだと思います。

そこで、最近は
自分の会社名もLUCAに変更したいと思うようになりました。
今はSEPIですが、
これはSocial & Environment Planning Instituteの頭文字をとったものです。
とはいえ、今はWEB解析とWEBマーケティングが中心ですから、内容は変化しています。

そう考えると
これからは会社名を変更して、LUCAでいいかな、と。
愛と希望と知恵に満ちた仕事をしていこうかと・・・

ちなみに、聖路加病院は「聖ルカ」から来ています。
読み方は「聖ロカ」ではなく「聖ルカ」ですね。

LUCAという名前のクリスチャン系のコンサルティング会社もあっていいかもしれません。
もう少し業績を上げて、経営体として体裁が整えば、会社名を変更します。

【元受刑者WさんからTELあり・・・】

【元受刑者WさんからTELあり・・・】
先ほどまで電話でWさんと長電話していた。
Wさん、50代の元受刑者。
Wさんが出所した同じ日に
出所したまだ30代のX君のことを
息子のように気にしていて、
X君を時折食事に誘っていた。

しかしX君、出所後1年間で3回職場を変えたらしい。
そして、窃盗で逮捕。
弁護士からWさんに連絡が入り、
事件を知ったらしい。
Wさん曰く
「辛抱足りねえ、辛抱できない奴はやっぱりだめや」

Wさん、出所後のX君を自宅に招いて、
食事をふるまったり、
弁当をつくってあげたりしていたらしい。
30代なので立ち直ってほしい、
Wさんの切なる思いも水泡に帰した。

Wさん、出所後、CADの資格を取得し、
今は、清掃会社に入社、普通に生活している。
それだけに、Wさんのくやしさが電話で伝わってくる。

WさんはX君を受け入れた。
しかし、WさんのやさしさをX君は裏切った。

単純に、X君が悪い、というわけでなく、
ただ、悲しいのだ。

もう「お前が悪いだろ」的な話でなく、
罪の負のスパイラルから
抜け出してほしい、だけなのだ。

罪を責めることを第三者が責めるのはもうやめてほしい。
そうではなく、
罪から救い出すことが大切なのだ。

それはまた私自身が身をもっていえることでもある。